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アルフレッド・ノーベルの遺言 【Happy Ending Road vol.2】

2016.10.01

毎年9月も末になると誰がノーベル賞を受賞するかということがマスコミを賑わせます。
その理由は、ノーベルの命日である12月10日に授賞式を開催するために、10月の初旬に受賞者の発表があるためです。

近年日本人の受賞者が増え、今年も受賞が期待されるノーベル賞ですが、この制度ができた経緯を知っていますか?

ノーベル賞はノーベルが生前に創ったのではなく、死後(1896年没)、彼の遺言によって作られた制度です。歴史に「もし」はないと言われますが、ノーベルが遺言を残しておかなければ、巨額の遺産は親族もしくは国庫に渡ってしまい、ノーベル賞は存在していなかったのです。

ノーベルがこの賞の創設を思い立った理由のひとつは兄の死だったと言います。ノーベルの兄はノーベルよりも3年早く亡くなりますが、その際、新聞社がノーベル本人が亡くなったと誤解し、ノーベルの死を報道したのです。しかし、ノーベル本人にとって問題だったは誤報だったという点よりは、そのタイトルの「武器商人ノーベル死す」でした。

自分の死後「武器商人」として人々の記憶に残ることにノーベルは強い危機感を持ちました。ニトログリセリン、雷管、ダイナマイトの発明者であったノーベルは、大金持ちでした。しかし、まさか、「武器商人」とされることは想定していなかったのです。


彼には、死後にも自分の名誉を維持する手段が必要になったのです。そして、その手段として持てる巨万の財産を使って、人類の発展を促す制度の創設を思いつきます。しかし、その実現には財産だけではなく、もう2つ重要な仕組みが必要で、それは遺言とそれを実行することができる有能な遺言執行人でした。

彼は自分ひとりで遺言の作成を始めます。ノーベル賞の構想を含む2通目の遺言(1895年11月27日付)が銀行に保管されたのは1896年の夏。彼がその年の12月に亡くなったことを考えると、この遺言は、彼が死ぬ直前にぎりぎり間に合ったと言えます。

大富豪であったノーベルの遺言の目的は財産の分割ではなく、死後の評判でした。ノーベルは遺言によって「死の商人」ではなく、人類の進歩、文化と平和のパトロンとして永遠にその名を残すことに成功したのです。

ノーベル賞の授賞式を見る度に死してもなお生きるノーベルの意思を感じます。
いつかは失う意思能力と死に対して彼は間に合った人の代表者です。

(ノーベルの遺言)